11/6(日)「2022年しずおか連詩の会」スペシャルインタビュー 歌人・木下龍也
「2022年しずおか連詩の会」スペシャルインタビュー
読む前と読んだ後の世界がわずかでも変わる、そういう歌を書きたい。 木下龍也
31音で現代人の悲喜を描く木下短歌。初めて作歌・投稿した短歌が採用され、作歌一年で「全国短歌大会」
(現代歌人協会主催)大会賞を受賞。SNSで若者を虜にする、現代短歌ブームの立役者のひとりです。
創作背景や初参加となる「しずおか連詩の会」への思いなどを聞きました。
歌人の穂村弘さんの歌集に感銘を受けて、短歌を始めたという木下さん。取材場所は偶然にも、以前穂村さんにインタビューした都内のカフェに。自然と少年時代のお話へ広がりました。
―小さい頃から言葉や文章を書くことが好きでしたか?
小学3年生ぐらいまで全然本を読んでいなくて。初めて読んだ本が怪談で、本当に怖くて3日間ぐらい寝られなかったんですよ。その時に、活字だけでこんなにも人を怖がらせる力があるんだということを体感して、小説家のような言葉で何かをする人になりたいなと漠然と思っていました。
―はじめは歌人ではなく、コピーライターを目指していたそうですね?
はい。コピーライターの養成講座に通っていて手応えもありました。でも、「木下君は物語や詩を書くほうが向いているんじゃない?」と先生から言われて。自分のコピーを見返してみると確かに自己表現に近いと思ったんです。それを先生は見抜いて、ちゃんと伝えてくれたんですね。その頃、本当に偶然ですが、本屋で穂村弘さんの『ラインマーカーズ』に出合って。短歌って文語や旧仮名を使うものだと捉えていたから、とても自由で衝撃でした。同時に、「今書きたいと思った時の器になってくれる詩形」だと確信して、穂村さんが選者をしていた雑誌に投稿して。初めて作った短歌が採用されたので、ちょっと調子に乗ってしまいました(笑)。
―短歌はどのようにして作りますか?
言葉から作るというよりは、頭の中にある断片的な映像を言葉に変換して作ります。その映像は、昔の思い出や風景。記憶の風景と、言葉にしたものを、何度も行ったり来たりしながら言葉をほぐしていく。そうすることで、読んだ人が想像できるものになるのかなと思っています。
―『つむじ風、ここにあります』に収録されている、「疑問符のような形をした祖母がバックミラーで手を振っている」を読んだ時、背中が丸くなった祖母を疑問符で比喩するとは、発想が豊かだなと思いました。
車のバックミラーを見たら、おばあちゃんが手を振っていたというシーンだけ覚えていて、短歌で残しておこうと思ったんです。実際には、おばあちゃんは正面を向いていたから自分からは疑問符のようには見えないのだけど、別の位置から俯瞰してみると、疑問符みたいな形だなって。
―とても印象に残りました。
印象に残ると、その人の中から似たような記憶が引っ張り出される。そのために、歌を一度ひねるようにしています。一枚の紙をひねるとくびれみたいなのができますよね?それを短歌でも作ろうとしています。読んだ人が寄りかかったり、身を委ねられたりできるように。
―木下さんの心を動かす短歌とは?
普通に読んでいて心が動く短歌は、既にあるものを比喩で繋いで世界の見え方が変わるような歌。例えば、吉川宏志さんの、「フィラメントのごとく後肢を光らせてあしなが蜂がひぐれに飛べり」という歌も本来、電球のフィラメントとアシナガバチの後ろ足は繋がらないですが、それが一首の中で繋がるという発見を経てしまうと、世界が更新されたような気持ちになって、もう読む前の世界に戻れなくなる。読む前と読んだ後の世界がわずかでも変わる、そういう歌を自分も書きたいですね。
―依頼者のお題を元に作歌し、封書で届ける“短歌の個人販売”「あなたのための短歌」。その短歌を収録した『あなたのための短歌集』が注目を集めています。谷川俊太郎さんの「ポエメール」と枡野浩一さんの「名前短歌」がきっかけのようですね。
「名前短歌」は、依頼者の名前に使われている漢字で短歌を作り、完成したらメールで納品されます。僕の短歌は投稿やツイッターなど、不特定多数に向けて作っていましたが、「名前短歌」を知った時、「一人狙いでもいいんだ」って気づいて。「ポエメール」は、谷川さんから毎月いろんな便せんで手書き風の詩が届くというもので、印刷ではあるけれど、毎月手書きの詩が届くのが嬉しかった。その気持ちを知っていたから、誰か一人に向けて書こうと思った時、便せんに手書きで短歌を書いて送ってみようということで始まりました。
―特に印象に残っているお題は?
今の大変な世の中で、子どもを持つか悩んでいる女性からいただいた、「未来に希望を持てる短歌を」というお題。結婚もしていないし、子どももいないから、自分の経験していないことがお題で。送った短歌を読んで、もし未来に希望を持てないと思われたら、まだ見ぬひとりの命がかかっているし、誰かの人生の分岐になってしまう。これは責任重大だと思いました。歌人としても、個人としても言える言葉が見つからないと思いながらも、子どもの目線に立ってみたら、この地球に自分のお母さんになってくれる存在がいることは、間違いなく希望だと思えて、
「いじわるな星だとしてもお母さんがそこにいるんなら生まれてみるよ」と書きました。
短歌は31音しかないから、書かない言葉が多いけど、読んだ人はその余白にそれぞれの経験や感情を重ねて感じることができる。それに助けられていることも多いかな…。
―「しずおか連詩の会」は初参加になります。今の率直なお気持ちは?
短歌では、5・7・5・7・7の定型に守られている感じがありますが、今回は詩ですよね。詩には型がない。定型という“武器”を持たない自分が書けるだろうかという不安はあります。以前、谷川さんと岡野大嗣さんと連詩をした時に、自分では出せない言葉を引き出してもらえた感覚がありました。自分のコントロール下にない言葉が出てしまったら…、とちょっと怖いですけど、新しい自分を生み出す良い機会になるのかなと楽しみにしています。
―木下さんにとって短歌とは?
不特定多数に向けて書いていた時は、自分の代わりはたくさんいると思っていました。でも、「あなたのための短歌」で一人に向けて書き始めてから、自分が作る意味があると思えたんです。僕の存在している意味を、短歌にもらっているような気がしています。
―最後に、冊子の愛読者の方にメッセージをお願いします。
詩や短歌って実際に作ってみると、自分の気持ちや景色など、普段流してきたことが整理できたり、残したりすることができる。でも、なかなかその魅力に触れる機会が少ないんですね。「しずおか連詩の会」では、詩人のみなさんに感化されて、自分も書いてみたいと思ってもらえたら嬉しいですね。
寺山修司に憧れてボクシングをはじめたという木下さん。ちょっと意外でしたが、確かに腕のあたりがマッチョでした。歌人として、「しずおか連詩の会」というリングに立つ姿が楽しみになりました!
木下龍也 Tatsuya Kinoshita 歌人
山口県周南市出身。著書は『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』『天才による凡人のための短歌教室』『あなたのための短歌集』。岡野大嗣との共著に『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』、谷川俊太郎・岡野大嗣との共著に『今日は誰にも愛されたかった』がある。今秋、第3歌集を出版予定。
※下記の公演は開催終了しました。
2022年しずおか連詩の会
11/6(日) 14:00~
11階会議ホール・風 1,000円 ≪チケット販売中≫
野村喜和夫(詩人)、堀江敏幸(作家・フランス文学者)、田中庸介(詩人・細胞生物学者)、木下龍也(歌人)、暁方ミセイ(詩人)
詳しい情報は2022年しずおか連詩の会イベントページ(随時更新)でご確認ください
このページは、グランシップマガジンvol.31(9/15発行号)スペシャルインタビューより掲載しました
